遠い記憶
誰にでも一人は、もう一度会って思いを伝えたい人がいると思うの…
わたしは…
20代前半、東京で一人暮らしをしていて、そのときに唯一、心を通わせたおばあさんに会いたい。
そして、「あなたから託されたちえちゃんは、猫エイズながら3才まで幸せに生きたよ」と伝えたい…
昔、地下鉄早稲田からしばらく歩いた、牛込柳町というところのマンションで、一人暮らししていたの。
ホームシックで病んできていて、よく地下鉄早稲田から地下鉄神楽坂あたりを、目的もなく、ぐるぐる歩いた。
毎日、2時間ぐらいかな。
そのうち、野良猫にエサをあげるおばあさんと話すようになった。
おばあさんは古い木造の大きな家に住んでて、ちえちゃんという子猫にエサをあげてた。
「ちえちゃんは猫エイズだから、家では飼えないの。
他の猫がいるから、家では飼ってあげられないの」
と、会うたびに嘆いていた。
趣のある家で、アンティーク家具や食器に囲まれて生活しているにもかかわらず、いつもちえちゃんの先を心配していた。
なので、ありがちな話、、、
その後、関西に帰ることになったとき、わたしは意を決して、ちえちゃんといっしょに帰ることにしたんだ。
おばあさんは最後の日のティータイムで、思わずコーヒーカップをひっくり返してしまったのだけど、
そのまま泣き崩れて、わたしとちえちゃんとの別れを悲しんだ。
「元気でね。この先、どんなことがあっても、あなたとちえちゃんは生き抜くのよ…」
けれど、時は流れ…
慌ただしい日々と新しい出来事に、わたしはいつしか、少しずつ、少しずつ…
おばあさんと過ごしたことを、忘れて行ってしまった。
それから、12年も経って、おばあさんの夢を見たの…
おばあさんは、お茶とお菓子を用意してくれて、あの時と変わらず優しく微笑みながら、
「また来てくれて、本当にありがとう」
「ちえちゃんはどうしてる?」
・・・・・・
すぐに東京に向かい、限られた1時間半、歩き回った。
グルグル、グルグル、やみくもに歩き回っていた、当時の場所、全てを歩いたように思った。
でも…
おばあさんの家を見つけることができなかった。
その時になって、初めて気づいたの。
誰も頼れないと、一人で生きて行くことに疑う余地のなかった、当時のわたし。
そして、短い命とわかっていた野良猫に…
優しく、一生懸命接してくれていた人が…
あの時、確かに存在したことに。
written by Mie